うつつ
きのう寿司を食った。
寿司はうまい。
どのネタもそれぞれにうまいのだけどとりわけ鯵に関しては涙がこぼれるほどのうまさが口の中に広がる。
何でこんなに旨いのだろうと不思議なほどうまい。

もちろん鯵のポテンシャルの高さに由来してるのは間違いないのだけど、それだけでは説明できないほど特別にうまいと感じている。
これは恐らく鯵がぼくの『好物』だからだと思う。
昔からおいしいなと思い続け、好きなものはと問われれば答え、食べるたびに感動し続けた蓄積の結果、もう鯵の味が口に広がった瞬間に僕の脳内で鍛え上げられたシナプスのバイパスを駆け巡り即時に脳内麻薬みたいなもんが分泌されるのではないだろうか。

まあメカニズムの話はどうでもよくて、時には自分の気持ちを疑うことも必要だが、食べ物に限らず素直に好きなもんは好きだといったり思ったりしているうちに肉体の方も合わせてきてくれより好きに、より心地よくなるもんなのかもなという話と、寿司はうまいという話。
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めっきり寒くなり全然目が覚めずふと気がつくとギリギリの時間。
足早に駅へ向かう道すがら目にするのがパチンコ屋の行列。

なんなんでしょうねあれ。
ホームレスみたいにダンボール敷いて。みっともないという話はともかくとして、なんか必死だなあと。早起きして寒い中道端でじっとしてるなんていうしんどいことをわざわざするってのがよくわからん。
パチンコやらないのでよくわからないのだけど新装開店ってのはバーゲンみたいなもんで、一杯出るからチャンスってことなのかな。
まともにやったこと無いので楽しさを知らないだけなのかもしれないけど、どうもパチンコって惹かれない。
ギャンブルは嫌いじゃないのだけど麻雀、競馬と違って自分の予想や技術の入り込む余地が無いからつまらないと思いこんでいたのだが、冷静に考えればパチンコにもそれなりに予想や技術があるのだろうし、機械相手で全体で見ると負ける人の率が決まっているということも、他のギャンブルだって胴元の取り分があらかじめあるのでパチンコだけが嫌いだという理由にはならない。

じゃあ何が気に入らないのかと考えてみると遊んでいる姿がせせこましいのが嫌なのかもしれない。ジャンジャカうるさくてせまっくるしい所でせこせこ勤しんでるのを窓の外から見るとなんか養鶏所を思い出す。ゲージの中でひたすら餌をついばんで卵を産み続けているような。
もっとゆったりとしたスペースでリクライニングシートでウェイトレスのお姉さんがドリップコーヒーとかロイヤルミルクティーとか入れてくれるようならイメージが変わるかもしれない。もうすでにありそうだけど。そんな経費かけてるパチンコ屋は出なそうだけどね。
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なんやかんやと株がどうだ球界再編だなんだと騒がしいですね。
関係ない人間が仕組みの話をあーだこーだ言ってもしょうもないし、うっとうしいもんですが、まあしょうもないうっとうしい人間なのであーだこーだ言おうと思います。
なんかもっと大きな目論見の一部に取り込まれていて一概になんともいえないところもあるようですが難しいことはよくわからないのでとりあえずプロ野球に限った話。
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何でもかんでも二者択一を迫る風潮があるようですがどうしちゃったのだろう。
そういうのが苦手なところがいいとこだったように思うのだが。
デジタル時代だからかしら。
どんな問題でもイエス・ノーの中には答えは無い気がする。
こりゃ甘えかね。
甘えだと言うなら甘やかされたい。
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本を読んでいて目がかゆくて左瞼をこすった。
こすっている目で見てる像だけが歪んで片目ではしっかりと文字を捉えている。
普段あまり意識しないけれど両目で見たものを現実とか事実として認識してるのだなと思った。

目で見たものっていうのは絶対的な客観性があるものだと思っていたけどメガネの人とか裸眼の人とかコンタクトの人とか視力2,0のひとやら0,1の人とか独眼の人とか盲目の人とか視力5,0とか近くで見た人とか遠くで見ていた人とかがいてそれぞれ世界の見え方が違うのかなとかいう話はどうでも良くて、目玉二つで見るというメカニズムが自分の中で当たり前の事として意識すらしてないのだけどそんなものは目をこする位の事で崩れてしまうような事を信じてるって言うのもばからしいと言うか。

比較すると聴覚記憶ってのは大分疑われていて、そこらじゅうで言った言わないとか聞き間違い、聞き逃し云々とかいう話があるので自分でもどうだったかなとか思わなくもないのだけど、視覚記憶ってのは曖昧なものもあるけどビジュアルショックとしてがっつり残ってるものでも意外と疑わしいもんなのかもなとか思ったり。

したのだけれどだから何だというわけでもなく。オチもなくこの話は終わっていくのだけどまあいいじゃない。
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なんか食いたいもんも無かったので一人でとり鉄で本を読みながらかるく飲んでまして、ああこれは立派なおっさんだなあと思ったりして多分20年後とかも同じようなことをしてそうだなあと、これが成熟ってもんか、違うか。とか考えながらも張り切ってるバイト君を眺めているとまじめに働く堅物新入り君と同僚の女子をファーストネーム呼び捨てで呼ぶチャラ系バイト長との会話の端々に仕事とは別のスモールサークル特有のヒエラルキーを感じていやはや若いねえとか思ってたらその人のネームプレートみたら31とか書いてあって、あー。まいったねこりゃ。俺が老け込みすぎなのか。そいつがフォーエバーヤングなのかわからんけどもまあ決して若さってうらやましいものではないなとか思って、大人子供って年齢じゃはかれないもんだねえと。
いまじゃ立派とはいえないまでもぼちぼち半端に大人になった僕も昔は大人になんかなりたくないとか思っていたような気がするのですが、僕らより前の世代の人はどちらかというと早く大人になりたいという人が多かったのかなと推測するわけです。多分これは言葉は逆転してるけど世代によって価値観が変わったということではなくて、いわんとしてることは同じで好き勝手やっていいと許されてる側にいたいってことなのかなと。昔は子供ってのは不自由なもので生活を縛られ強要され限られた中で過ごすというのが普通で、まあ単純にいってしまうとお金がないからというのが主な理由なのかもしれないけど大人になれば誰の許可も得ずに自分で好きなことができると思っていたのかな。んで近年は子供も小銭を持つようになって個性が大事とか言われて自適な生活をおくりやすくなったということと昨今の不景気で自活、自立することが困難で不合理なものになってきて大人になるという意味が社会規範の中で生きるとか大人という枠組みに制約を受けるというような意味に変わったということなのかもしれない。
だからなんだという話ではないのだけど自他共に認めるおっさんになったなあと思ってしかもそれを悪くないと思っているのだから自覚してからは開き直って急加速でおっさん化が進むのだろうなと思っている次第。
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ことだまというものについて考えてみる。言葉には力があるのか、そしてそれはどう伝播するものなのかというはなし。
不吉な事をいうと本当に悪いことが起きるとかいうよね。
具体的に呪いの力とかがあるのかはわからないのだけど昔から言い伝えられてるのだから非科学的だと捨て置くのもどうかと思ったしだいで。
ただ単純に耳からでも目からでもインプットされた情報というのは何かしらの影響を与えるのだろうね。
占いなんかが顕著な例で言語化されていない体験をインプットされた言葉に自ら当てはめてっちゃうのよね。占いみたいな特別な言葉でなくても何度も繰り返された言葉ってのは情報処理してく過程でシナプスにバイパスが出来て文字通り短絡化していくのだろうかね。それに寄っかかって思考停止してしまってる人が増えてくのは哀しい事だすな。いわゆる洗脳とかマインドコントロールってのはそういう仕組みなんかね。それとも僕自身も洗脳とかいう言葉に踊らされてるのかもね。なんやよくわからなくなってきてしまったけど世は明確に言語化されたスケープゴートを求めてるってのはよくいわれる話で、僕らはいくら感覚で生きてる思い込んでも言葉に縛られてる訳でさーな。
人の記憶なんか大分いい加減なもんでしまい込まれた感情なんかはかなり単純化されとるので歌なんかに異様に感動してしまったりするのかもしれんとな。

んで言葉は人に影響を与えるという至極当たり前の事を滔々と述べてきたのだけど言霊ってもんでポイントはそいつが時空を超えるのかというはなしだーね。
科学が全てだという気はさらさらないのだけどトンデモ話を世の中には不思議な事があるってことで片付けてしまうのもどうかと思うので無理くりにでも理由を考えてみます。
ひとは基本的にシンパシーを求めてる。多分言い切って問題ないと思う。がゆえに同一、類似のものが現れると増幅し微細な違いは無視され抽象化されていくのかなと思う。似た意見の人がいれば嬉しいし、嬉しさ故に意見として強固なものになり伝播してそれが地域性とか時代の空気とかいわれるもんになるのかなと。口コミってやつだね。
現代、特にネット前夜ともなると媒体は大概マスメディアとかいわれるもんがソースになってきてしまうのよね。具体例や根拠は無いので強くいえないがテレビマンや広告マンは空気を捉えるのが役割なのに空気を作るのが仕事と勘違いしてる自称クリエイターの人が多いから昨今のテレビや広告がつまらないのではないかなと思ったりも。ちゃんとおもしろいことやってる人がいるからそれを拾い上げるのに専念して欲しい。テレビに出てる糸井はあまり好きじゃなかったのだけどイトイ新聞とかみてるとがっつり捉えてるもんね。糸井自身は作らないけど捉えてる。

時代の空気で思い出したがホリエモンは元気にやってるだろうか。まあブログでも見たらすぐに確認出来るのだろうけど。すっかりワイドショーは話題に上げなくなったけどあの騒動の総評としてはほりえもんは気に食わんというのが時代の空気だったのだろうね。いうことが意外とまっとうだったり旧体制のシステムのルールに乗っ取って旧体制を脅かすある意味パイオニアなのにいかんせん顔がね、といってもあの顔だからあそこまで話題になるのよね。

話ずれてしまった、というか一人で好きな事書いてるのだからずれたも糞も無いのだけど。
メッセージで世を変えようと思った人で思い出すのがマイケル・ムーアさんで一番強い国の一番偉い人を公然とこき下ろすってことをやってのけてくれたわけだけど思い叶わずブッシュさんは再選を果たしてしまったのよね。世の人を信用して啓蒙しようととても真っ当に客観的事実を並べ立てて賢い選択をしてくれと提示したけど伝わったのは賢い選択をしようという点だけで現世利益を追求した結果なのか、それ以前に選択を問うた時点でメッセージとしては弱かったのかと思うとちと哀しい気もするけど我のとこの大将もどうかってったらどうなんだろうといったものなのでなんだかなあというところでふともうタイトルを思いついたときの話には戻れない事に気づいてもう終わる事にするよ。
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暫くほったらかしにしてたらつぶれちゃうそうです。
一応ログを落としておこうかと思ったらやり方を忘れた。
うーん。ほっておいてインターネットの塵と化すか。
メアドを古いままのにしてあったので新しいIDがわからんわあ。


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本を読んで前からちょいと考えていたことを思い出したので書いてみます。具体的な国の話をしてる訳じゃないので誤解のないようにお願いしますよ。あくまで絵空事として読んでやってください。
選挙があったり、世界情勢のニュースがあったりした時にふと考えることがあるんですがいろんな国がいろんな制度で動いているじゃないですか。その考え方で戦争とかしちゃったりしてまあいろいろ大変な訳ですが結局絶対的に正しいもんなんかなくてその時々の流れの中でベターな仕組みを作っていくしかないわけでさーな。ま、そんな中でどんなんがいいかねーと思ったとき<やさしい王様>ってのが意外といいかなーと。条件付けんだったら<善人による議会制民主主義>でも<権益と搾取の無い共産主義>でもなんでもいいじゃねえかって話なんですがぼへっと考えたイメージの話なんで勘弁してやってくださいよ。なんかみんなから愛されてる王様が適当に物事を決めてくってのが楽だなーと。いろいろ間違ったりするんだろうけど「王様間違ってるよー」ってみんなでいって、王様が「ごめんごめん、今度から気をつけるよ」っていうようなさ。なんか政治判断とかって合ってるのか間違ってるのか曖昧だし、なんか「間違ってる!」とか声を荒げて喧々したりするのがいやだなあと。もっと規模が小さかったらいいんかね。町内会の長老みたいな感じで。「またあのじいさんがなんかいってるよ」とか言いつつみんなが一応従っとくみたいなさ。まあ実際そうもいかないのは重々承知の助ですけんどもね。
あんま関係ないけど最近、日本の天皇制って嫌いじゃないんだよね。ん、変なこと言ってるか。まいいや。それほど天皇家に関心をはらっていないんだけどおばあちゃんとかとても楽しそうにあの家族のことを見守ってるじゃない。人に幸せを与えててえらいなと。ちょっと大変そうだけどね。
そんでまあ今の日本は民主主義とかいって多数決で決めるんだけどなんか小選挙区とか二大政党制とかいって曖昧日本人に似合わない二者択一の方にいってるみたいだけどちょいと気に食わないよね。YesNoよりニュアンスの方を大事にすんのが僕らのよいとこじゃんね。だいたい多数決ってそんなにいいかね。結果に文句のつけようが無いという点では優れた決め方なんでしょうけど。どっちかって言うとこっちがいいとか絶対こっちがいいとか、こっちだけはいやだからあっちとかいうのがみんなひっくるめてどれもこれも一票になっちまうのはどうなんだろう。決めなきゃいけないんだから文句言ってもしょうがないんだけどなんかのルールを決めたりする時にそのことについてどう思うかではなくて利益の取り合いだったり、利益を受ける側と不利益を受ける側の戦いになってしまったりするとつまらないなあと思いますよ。50%の投票率の過半数の25%の人の支持決まっていいもんかね。どうせ多数決するんだったら強制投票の方がいい気がするよ。棄権するなら棄権票をいれるってさ。決めなくていいことってのもあるかもしれないし。棄権7割のため東京一区からは国会議員は選出されませんでしたとか、この案件は来年まで保留となりましたとかさ。ってもまあめんどくさいよね。僕も選挙行ってないもんな。選挙行くならその日休んでいいとか特典があればいいのかね。もしくはもっとらくちんに投票できればいいんだよね。電話投票とか。テレゴングとか。あ、大抵の人は一日一回はテレビ見るんだから投票日はテレビつけると投票画面が現れて投票しないと番組が見れないという仕組みにしちゃえば多分投票率は100%近くなるよきっと。どうですかね。国民が政治に関心を持つような国はろくな国じゃないって話もあるようだからまあええのかもしれんけどんね。
久々にどうでもよくてなおかつめんどくさいことを長々書いてしまったよ。ちうか書き出しと話が全然それてるし。というかここまで書いといて全く同じことを前にも書いたかもしれないなという気もしてきました。毎度似たようなことばっかいってるんで。酔っぱらいなんで同じ話を繰り返すんですね。


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さて、昨年の反省を生かして今年を楽しく生き抜いていこうという訳ですが、どんな一年になるのかはわかりませんが一応目標位たてときましょうかね。去年は目標は「はしゃぎ回る」とかいうものを立ててまあだいたい達成できました。今年はなんにしましょうかね。
2004年の目標、予想、予感などをつらつらと。
・「太る」無味感想の方にも書いたけど正月から沢山食べた。昨日も兄の家に行って兄嫁の料理をたらふく食って、人の酒だと思い冷蔵庫が空になるまで飲んでいました。やだなー太りたくないな。
・「老いを認める」正月に無精髭顔を鏡で見ると35歳くらいに見えるなと。うん。よし。認めてしまえ。認めた上で若作りをしよう。
・「浴衣で出かける」できれば花火大会か夏祭り。勝手にしろって感じですね。勝手にさせてください。
・「リニューアル」多分近いうちするでしょう。自分のとこもどうにかしないとな。無駄に更新しよう。タイトルだけでもね。そうだ。恒例の腹筋タイムに何かしらは書くことにするよ。腹筋更新だ。
・「正直に」今まで以上にね。あまりいうべきことでもないこともいっていこうと思うよ。
・「我慢しない」これも今まで以上にね。上とかぶるけどね。
・「誘う」これは昨年からの継続目標ですね。断られてもいいから取りあえず何でも誘っておこうと。やらしい意味じゃなくてね。遊びでも飲みでも何でもね。同性異性関係なくてね。難しいこと考え始めるとなんもできなくなっちゃうから。
・「褒め合う」世の中世知辛いからね。厳しいことはほっといてもいわれるからせめて友達同士で会うとき位、お互い褒め合った方が気持ちがいいよね。
なんか適当に書いていけばいいもん思いつくかなと思ったけどだめだなー。なんか思いついたら改めて書こう。


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